ドリフトの歴史

ドリフトの発祥からD1開幕までの歴史をまとめました。

D1の基礎を作った走り屋についても詳しく載せました。
どのようないきさつでドリフトが発祥したのか、ぜひ読んでもらいたいと思います。

1.ドリフトの発祥

意外にも、ドリフトの発祥は日本だ。
D1の基礎となっている、「見せるためのドリフト」の起源は「走り屋」にあるとされている。
「走り屋」とは、深夜に車で峠道を猛スピードで互いに競いあう者たちのことだ。走り屋の行為は当然、違法だ。

2.レースのドリフト

先ほど、ドリフトの発祥は「走り屋」だと述べたが、ドリフトそのものは峠でドリフトが行われる前からあった。
それは、主にダートや雪道で挙動をコントロールするためのテクニックだった。
ところが、その「ドリフト」をサーキットで速く走るためのテクニックとしてレースに持ち込んだ人物がいた。初代ドリフトキング・高橋国光だ。
しかし、タイヤの性能が上がるにつれて、グリップ走行で走ったほうが速いとされるようになり、今では、レースでドリフト走行をすることは少なくなり、「ドリフト」は見せるためのテクニックとして独立した。
*ラリーでは現在でもドリフトを多用する。

3.ドリキン土屋の登場

初代ドリフトキング・高橋国光が富士スピードウェイで、コーナーを鮮やかにドリフトで駆け抜けていく様に魅了された若者の一人で、当時中高生だった土屋圭市(現・D1審査委員長)が1977年にレースデビューした。
1984年の富士フレッシュマンレースでアドバンカラーのハチロクに乗り、ドリフト走行で6連勝という記録を残した。同時に、「ドリキン」(ドリフトキング)の名も生まれた。

4.グリップからドリフトへ

80年代初期まで走り屋はまだ、グリップ走行で「速さ」を競う事が注目の的だった。
ドリフトはひそかなブームにはなっていたが、そんな中、あろうことか、土屋圭市による碓氷峠のドリフト実写ビデオ、「ザ・峠(Part2)」が発売された。そのビデオは一気に品薄状態となり、多重ダビングも出回るほどの盛り上がりを見せた。後にそのビデオは発売禁止となり、土屋のレースライセンスは剥奪されかけた。
このビデオの影響で、走り屋の間で「ドリフト」が全国にいっせいに広まった。

5.ストリート全盛時代

80年代半ば、ドリフトの持つ、「スリル」や「スピード」を求め、多くの走り屋が週末になると、チームを作って峠道など交通量の少ない公道(ストリート)でドリフトを始めるようになった。
90年代に入ると、埠頭でも盛んにドリフトが行われるようになり、大勢の前でいかにギャラリーを驚かせるドリフトをできるかという、今のD1の基礎となる要素はこの時代に確立された。

違法行為であると知っていながらも、その勢いはとどまりを見せなかった。しかし、騒音や暴動による迷惑行為により、マスコミから非難される存在となったのもこの時代だ。

6.オモテの世界に出たドリフト

90年代半ば、ストリートでのドリフトは絶頂を迎え、「走り屋」の活動は次第に衰えていく。
しかし、89年、カーボーイ主催の「CBドリコンGP」、ビデオオプション主催の「いか天」を皮切りに、サーキットを使ったドリフトコンテストがストリートでのドリフトの衰退とまるで反比例するかのように、盛んに開催されるようになる。それが発展し、プロスポーツとなったものがD1というわけだ。
また、マンガ・アニメの「頭文字D」によって、「ドリフト」が子供や一般市民にも広く知られるようになった。
ますます、ドリフトは身近な存在になり、違法性が払拭された「D1グランプリ」が新たな「ドリフト」のイメージリーダーとなっている。

補足1.走り屋とは…

D1の基礎をつくった「走り屋」について、誤解を招かないよう詳しく解説する。
まず、走り屋とは、週末の深夜に峠や埠頭など公道でスピードを競う者達、ドリフトの腕を競う者達のことを指す。 広義では、首都高速などの最高速系(湾岸系・ルーレット族)も含むが、ここでは除いて考える。
走り屋の行為は違法行為だ。実際に、騒音や暴動で迷惑を被っている人もいるし、事故も絶えない。
しかし、知っていてもらいたいのは、いわゆる「暴走族」とは異なり、反社会的・暴力的な行動はとっていないことだ。走り屋は、普段は社会人として働いている、市街地での暴走行為はしない、警察など公権には比較的素直に従うことなど、「暴走族」とは大きく違う。
ある研究によると、「スピード」や「スリル」を追求する事は、人間として本能的なものであり、走り屋というサブカルチャーが意味するものは、社会がつくった罠から自分達の居場所を見つけることであり、「大人」になるための心理的なステップだと述べている。また、走り屋の人間性に関しては正常であり、健全であると評価している。
2000年代に入り、かつてのドリフトブームは冷め、一部を除いて、昔のような「走り屋」はほぼ壊滅したといえるが、今のD1グランプリの基礎を作った、「走り屋」と「暴走族」を混同して考えて欲しくないため、補足した。

補足2.D1の違法性

しばしば、D1のみならず、「モータースポーツは暴走行為をほう助する」と主張する人がいる。

特にD1は、起源が走り屋だということから、違法視する人がとりわけ多い。
確かに、現役のD1ドライバーには、かつて「走り屋」だった人が大勢いる。
この点について、私はD1は違法行為をほう助するものではなく、新たな車文化を創造するものだと思う。
ここ数年、車は交通手段であり、工業製品にすぎない、環境にも悪いだけ、という考えが通用しているように思える。D1には大迫力のドリフト、アクロバティックなパフォーマンス、エンターテイメント性豊かなドライバーなどと、ファンをひきつける要素に長けている。D1を通して、車がこんなにも楽しい乗り物だということを知ってもらいたい。
ひいては、チューニングカーへの理解も願っている。チューニングカーと暴走族の車は違う事、違法改造はしないこと、ドリフトはミニサーキットですること。それを伝えるためにD1グランプリがあるのだと思う。
☆スペシャルサンクス: 雪国育ち さん・JZX100FmI6 さん